それから
彼は変わった。
それは劇的な変化ではなく、
ほんの少しずつ。
けれど、確かに。
最初はただ
「仕事をミスしないようにしよう」と
思っただけだった。
でも、仕事がわかるようになってくると、
自然と「もっとできるようになりたい」と
思うようになった。
積極的に質問をし、
難しい仕事にも
挑戦するようになった。
そして、そんな彼を、
彼女は必ず褒めた。
「いいですね、その調子です」
「前よりも考えて行動できるようになりましたね」
「頼もしくなってきました」
それは特別な褒め方ではなかった。
ごく普通に、当たり前のように、
彼の成長を認めてくれた。
でも、それが嬉しかった。
彼はいつの間にか、
何かあると
彼女に相談するようになっていた。
「土田さん、これどう思います?」
「最近、ちょっと悩んでて……」
「聞いてくださいよ、今日めっちゃ疲れたんですけど!」
そして、疲れた日や愚痴を
こぼしたい日には、
彼女を食事に誘うようになった。
最初は遠慮があった。
でも、一度誘うと、
彼女は意外とすんなり応じてくれた。
「いいですよ。じゃあ、行きましょうか」
それからは、気がつくと
何度も誘うようになっていた。
彼女は仕事の話を聞いてくれるだけじゃなく、
どうでもいい話にも付き合ってくれた。
「それで、○○さんってどんな音楽聴くんですか?」
「意外とロックとか聴きますよ」
「え、マジですか? なんかもっと落ち着いたのかと思った」
「よく言われます」
思っていたよりずっと
話しやすい人だった。
……いや、違うな。
もしかすると、自分が勝手に
話しにくそうな人だと
思い込んでいただけなのかもしれない。
彼女に対する印象は、
気づかぬうちに変わっていた。
「厳しい上司」から、
「頼れる先輩」へ。
そして、
もっと別の……何かへと。
彼はまだ、それをはっきりと
言葉にすることができなかった。
ただ、気づけば彼女のことを
目で追うようになっていた。
声をかけられると、
少しだけ嬉しくなっていた。
仕事を褒められると、
もっと頑張ろうと思えていた。
そのことに、
彼はまだ
気づかないふりをしていた。
(続く)